2004年スマトラ島沖地震・津波被害調査速報

−2005年2月28日〜3月10日実施−

第0.1版(2005年4月11日)

調査概要 調査内容 構造物被害 震度情報 津波情報

調査概要

 2004年12月26日にインドネシア・スマトラ島沖で発生した地震はマグニチュード9.0という1900年以降に発生した地震のなかで4番目に大きな地震であり,ほぼ同時に発生した地震とともに,インド洋沿岸国に大きな津波を発生させた.USGSによると,この地震による震度はメルカリ震度階では,インドネシア・Banda Acehで震度IX,Meulabohで震度VIII,インドAndaman諸島のPort Blairで震度VIIであった.この地震では地震による被害よりも津波による被害が甚大であり,インドネシアでは10万人以上,スリランカでは3万人以上,インドでは1万人以上そしてタイでも5000人以上の死者が発生した.

 本地震・津波被害を調査するため,地震直後より,文部科学省科学研究費突発災害緊急研究(代表:河田恵昭 京都大学防災研究所教授),文部科学省科学技術振興調整費緊急研究(代表:末廣潔(独)海洋研究開発機構理事,地震津波災害調査団長:家村浩和 京都大学工学研究科教授)を始めとする調査団が構成され,京都大学からも多くの研究者が参加しました.科学技術振興調整費チームとして京都大学より,

家村浩和・高橋良和・Mulyo Harris Pradono (構造ダイナミクス分野)
Charles Scawthorn・小野祐輔 (地震防災システム分野)
井合進・飛田哲史(防災研究所地盤防災工学分野)
本田利器(防災研究所耐震基礎分野)

が参加し,インドネシア・Banda Acehを中心とした調査を実施しました.ここでは特に構造ダイナミクス分野が行った調査を主に報告します.

調査内容

 本地震では津波による被害が甚大であり,特にBanda Acehでは沿岸部がほぼ全て津波により構造物が流されてしまっているため,地震被害に関する情報を得ることが困難であった.そのため,本調査では,地震による構造物被害を把握するため,以下のような調査を実施した.

@構造物被害情報の収集

 インドネシア・バンダアチェ、タイ・プーケット,カオラック周辺において現地調査を実施し,構造物被災情報を収集すること.した.現地ではGPSトラックデータにより調査ルートを記録するとともに,構造物被害についてGPS記録を埋め込んだデジタル画像を広く収集し,地図上で構造被害を確認するためのシステムを構築した.
A震度情報の収集
  インドネシア・バンダアチェ市における測候所を訪問し,本震における地震記録の確認を行った.アナログデータであるとともに地震動が大きかったため記録が振り切れており,有意な地震波形は得られないことを確認した.津波情報と同様にSyiah Kuala大学と共同でアンケート方式による震度情報を収集し,174のアンケートを回収した.
B津波の遡上情報の収集
 津波による構造物被害の範囲を把握するため,被災地域において津波遡上情報を収集した.特にインドネシア・バンダアチェ・Syiah Kuala大学と共同で津波に関するアンケートを収集し,バンダアチェ市周辺に関し,64のアンケートを回収した.

 以上の情報を整理し,地震被害について検討するものである.

構造物被害の収集

 Banda Acehの中心にはGrand Mosqueがあり,この辺りまで津波が押し寄せている.ただしこの辺りは沿岸部より約3kmほど内陸に入ったところであり,その破壊力は小さくなっていた.したがって津波高さは約1m程度であったものの,津波というよりは洪水による浸水被害が中心であった.そのためこの付近の構造物被害は,地震被害を知るために有効であると考え,被災した主な建物を調査した(左写真,右側が北).
 Grand Mosqueはモスク自体の被害は大きくない(写真)が,その南にある塔は大きく損傷していた(写真写真).
 Grand Mosqueの南側には給水塔やホテルなど,大型のRC建物が並んでいるが,これらの被害は大きなものがあった.給水塔(写真)は塔基部に全周にわたり曲げ損傷が確認できた.またその南のホテル(写真写真)は一階部が完全に崩壊している.損傷部を見ると,鉄筋は丸鋼が使用されていた.その南側のオフィスビルも大きく損傷していた(写真)が,その隣にある木造平屋のホテルは,地震による被害は見受けられなかった.全体的に大きな構造物ほど損傷がはげしく,Banda Acehにおける地震動は比較的周期の長いものであったと予想される.

 Grand Mosqueより東北にはBanda Acehのメインストリートが走っており,そこにはGovernor Officeがある.Governor Officeそのものには大きな構造被害は見受けられなかったが,その北側に建設中のコンクリートフレームは崩壊していた(写真).コンクリートフレームは塑性ヒンジ部で損傷していたが,損傷部をみるとこの部分で主鉄筋の重ね継ぎ手がされており,また溶接した形跡も見受けられなかった.ただしほぼ同じ構造で建設中のものでも損傷していないものもあり(写真),損傷の原因が構造設計基準によるものか施工によるものかを特定するまでには至っていない.
 その近くにある橋は上流側に50cmほど移動していたが(写真),桁に特に損傷もなく,これは津波により桁が浮き,移動したものと考えられる.

 橋梁の被害は数多くあるが,その多くはBanda Aceh西部に集中している.これは津波による被害が甚大な地域であり,津波により損傷したものと考えられる.写真中のNo.3は完全に桁が流されてしまっているが,No.1, 2, 20は桁は橋脚あるいは橋台上に残っていた.しかし桁は上流側に移動しており,Governor Office近くの橋梁と同様に津波により桁が移動した痕跡がある.
 No.2橋梁は3スパンRC5主桁橋梁である(写真写真).
 No.1橋梁は2スパンRC6主桁橋梁であり(写真写真),橋梁中央部でくの字型に桁が移動していた.河口側では桁同士は衝突しているが,上流側では23cm開口している.
 No.20橋梁は1スパンRC3主桁橋梁であり,桁が回転している(写真写真).おり,この橋梁の測定結果より津波の速さが概算できるものと考えられ,試算した結果,津波による桁の浮力を考えなかった場合に時速13.4km,浮力を考えた場合時速10.4kmとなった(Dr. Pradonoによる).



震度情報の収集

 
 Banda Acehには南西部に観測所があり,地震観測がされていたが,アナログ式記録計を用いており,本震記録は左図のように振り切れていた.そのため震度情報として用いることはできない(2005年になってデジタル式地震計が設置され,データはJakartaに送られているとのことである).地震による被害を推定するためにも地震動に関する情報は重要であるため,ここではアンケート方式による震度情報を収集した.
 調査内容については防災研本田先生によるホームページに詳しいが,Banda Acehを上記のように大きく8つのゾーンに分け,それぞれのアンケート震度を調べたところ,気象庁震度階で震度5弱から5強の結果となった.Grand Mosque周辺の被害状況と照らし合わせても,妥当な結果が得られたと考えている.

津波遡上情報の収集

 津波被害は,Banda Acehの海岸部より3km程度に渡って発生しているため,遡上情報については,衛星写真により概観しやすい.左図はDigital Globe社のホームページより得られるものであるが,赤色でメッシュが掛けられている部分が津波による被害地域である.写真は地震後のものであり,海岸部では陸地が無くなっている様子も見ることができる.
 どの程度の津波が何回ほど来襲したか,どのように逃げたのか,などについて,現地でアンケートを実施した.アンケート収集地域は,上のアンケート震度の場所と同じである.各地域のデータを現在整理中であるが,津波高さについて,以下のような代表値を得ている.

A:1.5m(1波目), 2.5m(2波目)
B:10m(1), 30m(2), 20m(3)
C:3m(1), 5m(2)
D:7m(1), 10m(2)
E:1m(1), 4m(2), 10m(3)
F:8m(1), 8m(2)
G:20m(1), 30m(2)
H:1m(1)
I: 10m(1), 15m(2)
    *値は暫定値

 アンケート収集状況には偏りがあり,また母数も少ないため結果を改めて解釈する必要があるが,概ね2,3回の津波が来襲し,2回目の津波の方が大きかったようである.また地震後20から30分後に津波が到達したとのことである.また地震後津波が来ることを知っていたと答えた人は64人中0人であり,地震・津波に関する教育の重要性を感じた.

(文責:高橋


Update: 2004/10/25