| 平成16年新潟県中越地震 調査速報 −平成16年10月24日実施− |
| 地震概要 | 小千谷市 | 長岡市 | 終わりに | 京大関係調査報告 |
平成16年10月23日17時56分,新潟県中部を震源とするマグニチュード6.8の地震が発生し,震源に近い小千谷では,震度6強であった.その後も本震相当の震度6強の余震が2回発生するなど,非常に大きな地震が発生した.この地震は平成16年新潟県中越地震と命名された.
10月23日21時に京都大学防災研究所澤田先生及び本田先生より連絡を受け,24日一日の初動調査として,24日0時,京都大学を出発し,最も大きな地震動を観測した小千谷を目指し,車で移動した.新潟県柏崎市に到着したのは6時30分頃である.柏崎市も一部を除き停電中であった.
調査したルートを左図の赤線で示す(画像をクリックすると大きな画像が現れます).小千谷市,川口町,十日町市,長岡市などで被害が報告されていたが,小千谷市から川口町,十日町市へのルートが寸断され,こちらへの移動は不可能であった.そのため,小千谷市以北に関する調査報告となる.地震動そのものについての報告は他に譲るものとし,構造被害を中心とした速報として報告する.また,本田先生がまとめられた調査報告はこちら.
柏崎市から291号線で小千谷市を目指した.291号線も路盤が崩落し,道路も大きく陥没していた(写真,写真).この一帯も停電中であり,武石トンネルの電気もついていなかった.小国町付近は山の斜面が崩落し,赤茶けた地肌が剥き出しになっていた(写真).
左図に小千谷市での調査ルートを赤線で示す(画像をクリックすると大きな図が現れます).
桜町トンネルを抜け,291号線と関越自動車道の交差付近@では,墓石店の墓石がことごとく転倒していた(写真).ただそのすぐ北側にある小さな墓所の墓石は立っていたものもあり,地盤の影響が大きかったものと考えられる.関越自動車道の跨道橋Aは,北側に桁と橋台が衝突した後も確認された(写真).また直下の歩道部には液状化による噴砂も確認された(写真).
関越自動車道の東側(B付近)には民家が立ち並んでいるが,一階部が完全に崩壊した民家や工場などがあった(写真,写真).
Cは小学校であり,小千谷市の避難場所となっている.大きな余震も続いているため,多くの市民が校庭や体育館に避難していた.また給水車などによる水の配給なども,調査時には行われていた.調査時も14時21分に震度5強の余震を体験し,体育館が目視でも大きく震動するのが確認できた.震源近傍ということもあり,いきなり大きな揺れを感じる地震であった.校庭の一角に,防災科学研究所のK-netの地震計が設置してある(写真).この地震計により,17時56分の本震時には,3成分合成波で加速度1500ガル,速度136カインという非常に強烈な地震動が観測されている.ただし,地震計近くの建物はそのほとんどが構造体として大きな損傷を受けていないように見受けられ,ひび割れも確認できない建物も多いのが印象的であった(写真,写真).
信濃川の両側には商店街が立ち並ぶエリアであるが,D付近など,崩壊している家屋(写真)などもいくつか存在する.ただしほとんどの店は,完全には崩壊はしていないが,内部やガラス窓は大きく損傷している状態であった.またE付近のピロティ構造では,柱上部に大きな損傷が見受けられた(写真).
小千谷市北部の小千谷大橋Fは信濃川を跨ぐ橋であるが,南側の橋脚が大きく損傷していた(橋梁全景,橋軸直角方向,橋軸方向,損傷部のアップ).他の橋脚は目視では損傷は確認できなかった.損傷していた橋脚は河川敷部にあるものであり,他に比べるとせん断スパンが短く,これにより大きな損傷が発生したと考えられる.損傷部は柱全周に渡っており,鉄筋のはらみ出しなどが確認できた.支承部は特に損傷は見受けられなかった.
小千谷駅付近を通り,17号線により南側の川口町への移動を試みたが,道路封鎖等で行く手段がなかった.その後117号線より移動も試みたが,車による移動は不可能であった.北側の小千谷第二トンネルも停電はしていたものの,特に損傷は見受けられなかった.
長岡市でも被害の報告が数多くあり,市役所も避難してきた市民であふれかえっていた.ここでは十日町での上越新幹線脱線付近を中心に調査した.
車両が脱線した付近は田園地帯であり,ラーメン高架橋が南北に走っている(写真).東京側から走ってきた新幹線が地震により脱線し,前方と最後の車両が斜めに傾いて停車する被害を受けた(写真).脱線は純粋に震動による影響が大きいものと考えられるが,ラーメン高架橋もところどころ損傷していた.ラーメン柱上部が何箇所か損傷しており(写真,写真),小川を跨いでいる単純桁の南側では衝突によるものと考えられるパラペットの損傷も確認できた(写真).また柱基部部では高さ約1m程度の噴砂の跡が残っていた(写真).
中之島町の信濃川を渡る与板橋付近の堤防では,河川に沿った地割れが確認できた(写真,写真).一部大きく堤防が沈下しているところもあった(写真).
本調査は地震翌日からの実施したため,まだ道路の復旧もままならず,被害が大きかった川口町や十日町市へ移動することが不可能であったのが残念であった.特に川口市あたりの上越新幹線の橋脚が損傷しているという報道があり,しかもこの橋脚は耐震補強されていたものであったと言われている.損傷部が高さ1m付近に集中して生じていたことなどから,耐震補強の方法も含め,今後検討が必要であると考える.
(文責:高橋)
1st: 2004/10/25 Update: 2004/10/28